受験勉強の虚しさと向き合う その壱

「こんなに時間費やして、何のために勉強してんだろう…」

 

受験生なら一度は考えるであろう、勉強する理由。私は高校受験の頃から勉強をする理由に向きあってきました。ここでは私が得た答えを書き残しておこうと思います。

 

 

 

 
学びを分類する

 

先ず私が取りかかったのは、学びを区別することです。一括りに「勉強」と纏めるが故に見えなくなっていることがあると思いました。私の分類は次の4つです。

 

  1. テストのための学び
  2. 資格取得のための学び
  3. 仕事のための学び
  4. 好奇心の充足のための学び

 

 

それぞれを分析する

 

それぞれの学びが一体どういった性質のものかを分析しました。

 

1.テストのための学び

 

 

ここで言うテストとは学校の定期テストや入試のことです。

そもそもテストは何のためにあるのでしょうか。私の考えではテストはテストを実施する側が被受験者の能力を調べるためにあります。そして、高い能力を持つものに大学の入学権を与えたり、奨学金を与えたりするわけです。

つまり我々被受験者はより良い評価と、その先にある何らかの権利が欲しいがために勉強する、といってもよいでしょう。

 

2.資格取得のための試験

 

資格を取るためにもテストはありますが、資格試験は上記のテストとは毛色が違うと考えました。何故なら資格試験は、被受験者が自分の能力を誇示するために行われるからです。そのため、学歴のための大学入試は、資格試験と似た部分があるともいえます。

例えば、英検。英語を使いこなせるということを、周囲に知らせるために存在しているといえます。また、医師免許は医者として活動するための能力があることを示しています。

このように、資格を持つことは、被受験者の能力を試験実施者以外にもアピールすることが出来ます。

 

3.仕事のための学び

 

仕事上、必要な知識や能力を身につけるために勉強することもあるでしょう。私は未就労者なので割愛します。

 

4.好奇心の充足のための学び

 

あれが知りたい、あれはどうなっているのだろうか、という疑問の答えを探すための学びです。別に、最先端のことに対して興味を抱く場合のみが、該当する訳ではありません。学校では教わらないことを図書館で調べる、今の政治を調べるために新聞を読む、マジックの仕組みを調べて実践してみる。これらも十分に学びと言えます。特に最後のマジックのくだりは学校の成績的な意味では何の評価を得られないでしょうが、自分の興味に従って動いたという点で立派な学びです。

 

 

 

 

 

 

長くなりそうなので、今日はここまでにします。気が向いたら続編を書きます。

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとう!!

次の記事でお会いしましょう。Bye!!